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宇都宮地方裁判所 昭和42年(行ク)2号 決定 1967年12月12日

申立人 宗教法人 東照宮

相手方 栃木県

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

本件申立の趣旨および理由は、別紙記載のとおりである。

よつて判断すると、申立人の本件申立の要点は、要するに、輪王寺が本地堂の本尊である薬師如来像を本地堂に遷座し、法要することを相手方が承認することは、地方公共団体がその代表者首長の名において宗教団体の信仰上の事項に干渉する処分行為であるから、右行為は宗教法人法第八五条に反する違法な行為であるということにあると解される。

しかし、疎明ならびに弁論の全趣旨をもとに判断すると、相手方は、文化財保護法第三二条の二第一項の規定により文化財保護委員会から本地堂の管理団体として指定されたものであり、かつ、その有する管理権限の主たる内容は、火災によつて一部焼失した本地堂を修理復元することにあると認められるが、右本地堂は単に重要文化財たるに止らず、従来その内部に御本尊として薬師如来像を包蔵する宗教上の建物でもあつたのであるから、本地堂の修理復元工事が完了したからには、これを従来あつた姿に戻して維持するため、右本地堂の復元行為の一内容として、従前から本地堂に安置されていた御本尊である薬師如来像を「遷座(入仏)すること」を認めることも、右管理権限の範囲内の行為と解することができる。そして、右本地堂が本来、宗教上の建物であり、しかも、右遷座行為も宗教的行事である以上、これを行う輪王寺が右遷座行為に附随して、しかもその限度において、これを「法要すること」を承認することもまたこれと一体をなす行為として右管理権限の範囲内の行為と解することができる。

而して、右遷座行為およびこれに附随して行われる法要は、地方公共団体たる相手方が自ら行うものではなく、他の宗教法人がその要式にのつとつて行うものであり、また、相手方が本地堂の管理団体としてこれを承認しても、右承認処分が宗教法人法第八五条に違反する行為ということはできないから、申立人の主張(本案についても同じ)は理由がないというべきである。

のみならず、疎明によれば、もともと日光山は神仏混淆の状況にあつたものであり、また火災発生以前は、本地堂の薬師如来像は輪王寺において供養、法要されていたことが認められるから、仮りに本件承認処分に基いて輪王寺が遷座、法要を行つたとしても、これによつて申立人に回復の困難な損害を与える緊急の必要があるとも解されない。

よつて、本件申立は、いずれにせよその理由がないのでこれを却下することにし、申立費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 石沢三千雄 杉山修 武内大佳)

(別紙)

申請の趣旨

一、被申請人が昭和四二年一二月四日に輪王寺門跡菅原栄海宛なした別紙記載の承認処分は、本案判決確定に至るまでその効力及び執行を停止する。

との裁判を求める。

申請の理由

一、申請人は、その境内地のうちでも信仰上最も重要な地域である神域内に存する「本地堂」を、明治初期の所謂神仏分離以来同境内地内の他の建物と同じく単独所有して居り、昭和四年七月一日には国宝に指定されたのであるが(後に文化財保護法により重要文化財となる)昭和三六年三月一五日火災により著しく焼損した。ところが同建物については従来より宗教法人輪王寺との間に所有権の争いがあつたが、国家的に重要な建造物であり早急に復元する必要があるので、文化財保護委員会(文部省の外局、文化財保護法第五条第一項)が文化財保護法第三二条の二第一項の規定に基き所有者判明せざる場合として、地方公共団体としての栃木県をその管理者に指定することに関し、栃木県即ち被申請人、申請人及び宗教法人輪王寺との間で昭和三七年八月三〇日次のような協定を結んだ。(疏甲第一号証)

第一条 乙及び丙は、本地堂につき、文化財保護委員会が甲を管理団体に指定することに同意する。

第二条 前条の指定があつた後においては乙及び丙は、甲が行なう本地堂の管理について、甲の指示に基づき協力するものとする。

ただし、乙と丙との間において本地堂の所有権その他の権利につき訴訟によつて決することを妨げない。

第三条 乙及び丙は、本地堂の管理のため必要な経費の一部を甲の指示に基づき、負担金として甲に納付する。

2、前項の負担金の割合は、乙、丙同額とする。

3、本地堂の所有権その他の権利が訴訟によつて確定したときは、第一項の負担金については、乙と丙との間において計算のうえ清算するものとする。

第四条 甲が管理団体として本地堂の管理を行なう必要がなくなる場合のほかは、甲、乙及び丙は文化財保護委員会に対し、管理団体の指定の解除の申請を行なわないものとする。

第五条 この協定は甲が本地堂の管理団体である間有効とする。

ただし第三条第三項の規定に基づき、乙又は丙が他の一方に対し支払の義務を負う場合は、その支払が終了するまでなお効力を有する。

第六条 甲、乙及び丙がこの協定を実施するために必要な細部の事項については、その都度協議のうえ決定する。

そして文化財保護委員会は昭和三七年一一月二八日右「本地堂」を管理すべき地方公共団体として被申請人を指定した。

その後右の指定を受けた被申請人は、本地堂の管理を行うため「重要文化財本地堂の管理に関する条例」を制定し「栃木県重要文化財本地堂管理審議会」を設け管理機構を整理しその管理の実施に当たつて来たが、一方建造物の修理復元は国庫の補助も受けて工事進捗し予定より早く昭和四三年春には竣工する程度となつた。

二、ところが申請人・被申請人及び宗教法人輪王寺間には前記の如き協定があつて、その第六条には協定実施のため必要な細部の事項についてはその都度三者間で協議のうえ決定する旨の定めがあるに拘らず、本年十月下旬に至り巷間の風説として、輪王寺では申請人に協議することなく被申請人の承認だけで竣功前の本地堂に本尊として薬師像を安置するとのことを聞知したので、申請人は驚き早速本年一一月一日被申請人に対し、折角の管理団体設立の趣旨を沿却することとならざる様、輪王寺即ち関係者の一方にのみ使用せしむることは絶対に為されざるべき旨を申入れた。

そして同月二八日に開催された本地堂管理審議会においても、委員である申請人代表役員宮司の強き反対論もあつて、本尊仏像を本地堂に安置することを認めるという如き決議はなされなかつたし、又本年一二月二日申請人代表役員宮司等が被申請人代表者知事等と会見した際も、被申請人側は申請人の主張するところに耳を傾け大いに考慮する旨を約し乍ら、何故か突如その翌々日である同月四日に、前示の如き本尊を本年一二月一四日に遷座し法要を行うこと並びにその前日に本地堂を使用することを承認する旨輪王寺代表者に指令した。

三、そもそも憲法第二〇条に定むる信教の自由の規定は、国民の基本的人権の中でも重要なものであることは云うまでもなく、これに由来して宗教法人法第八五条は国の機関、地方公共団体の機関の如き公の権力は、同法のいかなる規定によつても、宗教団体における信仰・規律・慣習等宗教上の事項について、いかなる形においても調停し、若しくは干渉する権限を与えられたものと解釈してはならぬ旨をはつきり定めているが、これは一面もし公の権力が宗教団体の信仰等宗教上の事項につきいささかたりとも干渉する行為に出たときは、その行為は無効である旨をも解釈的に定めたものと云うべきである。

これを本件についてみるに、申請人神社の神域内で全く仏教的信仰の形骸の存しない場所(疏甲第七号証の図面参照)に、仏教信仰の対象である仏像を他より遷座し、仏教による法要を行い、その箇所を長く仏像信仰宣伝の一拠点とすることを承認するというが如くは、とりも直さず地方公共団体がその代表者首長たる知事の名において宗教団体の信仰上の事項に干渉する処分であると云わずして何であろう。然るが故に同じく宗教団体であり且つ本地堂の所有権者たることを主張している申請人としては、かゝる違法な被申請人の本件処分の取消を求めるため、御庁に行政事件訴訟法に定める取消訴訟を提起した。

四、ところが前記のように輪王寺は本年一二月一四日本地堂の本尊を本地堂に遷座し法要を行うこと並びにその前日に本地堂を使用することを被申請人から承認せられて着々その準備をなし、既に関係各方面に法要参列の招待状(疏甲第八号証)を発送している有様で、一たび本尊が安置せられ本地堂の使用が本件三者協定に基く三者間の協議決定なくして、輪王寺のみの専恣によりなされるようになると、同建造物の存する場所が東照宮の社殿その他幾多の神道のためのみの建造物の所在する宗教上の聖域とも称すべき表門内の神域(疏甲第七号証の図面参照)に、折角明治初年の神仏分離令以来明確に神道上と仏教上の施設とが明確に区分せられ、本地堂もただ昼間だけ従前から存置された仏体看護の名目で僧侶が堂内に勤務することを認める申請人と輪王寺間の協定(当時の監督官庁の許可あり)は存したけれども、東照宮祭典の際は堂内における読経等一切の仏事禁止のことなども協定してある程であつたのに、本地堂復元完成後またまた神社の聖域内で仏教行事を公然と行う場所の存在を認める既成事実を作ることとなり、申請人の神道上の宗教活動の上に将来に亘つて回復すべからざる損害を与えるものである。申請人は前述の如く本訴は提起したが、それによる解決を待つていてはもはや動かすことのできない既成事実が世間公知のもとに固つて了う恐れがあり、輪王寺が本年一二月一四日になさんとする本尊遷座のことから先ず裁判所の御決定によつて緊急に停止しておくのでなければ将来とり返しのつかぬ事態となるおそれ存するが故にあえて行政訴訟法第二五条第二項に基き本申請に及ぶ次第である。

疏明方法<省略>

(別紙)

文保第三三二号

昭和四二年一二月四日

栃木県知事 横川信夫

輪王寺門跡 菅原栄海殿

重要文化財本地堂御本尊遷座法要について(承認)

昭和四二年一一月一日付申請のあつた本地堂の御本尊を昭和四二年一二月一四日に遷座し法要を行うことを承認する。

なお、御本尊遷座法要準備のため、前日本地堂の使用を併せて承認する。

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